「奪われる」はどんな時に感じますか?
「奪われる」ものは何ですか?
言われる相手によりますか?
言われるタイミングによりますか?
何を「奪われる」とイヤなのでしょう?
テーマ「奪われる」
「奪われる」と言う感覚がもうない人は、その感覚があった時を思い出しておいてください。
と課題を先にお渡ししました。
そして、現在のこと、過去のこと、自由に感じたことを参加された方たちでフリートークをしています。
今回参加できなかった方も、自分が感じた「奪われる」という感覚を思い出してください。
そのうえで、この報告をご覧いただくことで、更に自分の中の「気づき」や「学び」に繋がります。
『奪われる』について
参加された方は、話してみてどうでしたか?
その奪われたものは、明確になりましたか?
中には「奪われた」と言うより、「取られた」「搾取された」と言う感覚が強い、と言う意見もありました。
その時に「奪われた」「取られた」ものは何でしたか?
- 自分の時間
- 自分のエネルギー
- 自分の想い
- 自らの青春時代
- 自分のお金、経済的なもの
- 自分のものだと思っていたもの
- 自分の感情
- 自分の考え
など、色々出てきました。
奪われた感覚を、「奪われたーくやしい!」のまま放置しておくと、そのままその感覚を持ち続けます。
「奪われる」他人軸から自分軸へ
「奪われる」と感じた出来事の中には、多くの場合、自らが大事にしたい欲求が絡んでいます。
そして「奪われる」「取られる」と言う言葉自体には、もう一人のだれかがいます。誰かの存在や、誰かの存在を意識していないと、出てこない言葉なんです。
その誰かの存在がいる状態のままでは、「奪われる」と言う感覚は消えません。
それはなぜかと言うと、誰かが変わらない限り、自らの欲求が満たされることはないからです。
誰かが変わることを期待していても、いつ相手が変わるのか分かりません。
ましてやそのエピソードが過去の場合、相手が変わるなんてことはないでしょう。
相手が変わることが重要なのではなく、気づきたい何かを気づいてあげることが大事なんです。
でもやっぱり何がイヤなのか
何が言いたかったのか分からない(><)
と言う声もありました。
自分がわからなくなる…
その背景に”ミックス親”の存在がありました。
ミックス親に、愛情がないわけではないので、混乱しますよね。
”ミックス親”の場合、適度に飴と鞭が与えられるので、反抗しようにも反抗しきれません。
自分を考えること自体に無力感が積み重なるので、自分のことを考えている方がしんどくなります。
そして、自分軸を放棄してしまっているのでしょう。
まったくね~
ミックス親には、困ったものです(><)
人は感情の生き物なので、一貫性を求める方が無理というもの。
感情に沿って一貫性がなくても、子どもの考える力を奪わない軸対話を広めたいものです。
すぐに
「何がイヤなのか?!」「何が奪われていたのか」
が明確にならなくても、少しずつ思い出すこともあります。
また、思い出さなくても、現在の対応を軸対話に変えていくことで、自分の欲求は徐々に明確になります。
リアル実践でも、何がイヤだったのかを話しているうちに明確になった方もおられました。
何が本当にイヤ?
「奪われた」と思ったものは、何が本当にイヤなことだったのでしょう?
を深堀していくと…
- 時間だと思っていたけれど、切り替えされることだった。
- あの貴重な時間!と思っていたけれど、想いだった。
- 搾取はものではなく、私の感情や考えだった。
と、なり、軸対話があれば、今後に生かすことができるようになりますよね^^
「奪われたもの」を明確にして、次にいかす!
その奪われたものが明確になると、今度は奪われる感覚を持つことがないような行動をしたい!
と思えるようになるはずです。
そう思えるようになるまで、明確にしてみてください。
明確になっていない、まだモヤモヤしている!
と言う方は、投稿しているうちに、見えてくるかもしれません。
どんどん感想や、意見や、考えを投稿してくださいね。
研究員さんがどんどんブログにアップされています。
リアル実践会に参加された方の感想
リアル実践会動画
では、実践会に参加されていなかった方へ、実践会の様子を動画でお届けします。
皆さんも一緒に考えてみてください。
そして、コメント欄へコメントをお寄せいただくか、テーマ別ルームでどんどん意見交換してくださいね。
※動画閲覧は会員の方限定です